ドラマ「喧騒の街静かな海」崩壊した家族の悲しく美しい感動の再会【ネタバレあり】

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NHK 特集ドラマ「喧騒の街静かな海」をご紹介

 ディーン・フジオカと寺尾聰が”親子”として共演する特集ドラマ『喧騒の街、静かな海』は、
写真家・藤原新也の短編を原案に、関係の壊れた父親(寺尾聰)と息子(ディーン・フジオカ)が、 明日に向けて再生の道をどういう風に手繰り寄せることができるかという物語。
 
その親子と関わりを持つ1人の孤独な少女・クロ(久保田)が、どういう風に未来に向けて歩き出すようになれるを描く人間ドラマ。
 
【あらすじ】 大阪の夜の街角で、初老の男(寺尾聰)がJKビジネスの少女たちに話しかける。 行き場のない子どもたちの受け皿に なろうと声かけのボランティアを続ける彼は、少女たちから“地回り先生”と呼ばれる精神科医だ。
 
その “地回り先生”に「あなたの活動を取材させてほしい」と近づく若いカメラマン(ディーン・フジオカ)。彼は、実は精神科医の息子 である。 幼いころに別れた父に、素性を隠して接近してきたのだ。
 
父子の関係は崩れていた。三十年前に家族 がバラバラになった後、残された精神科医の妻は誰にもみとられずなくなった。 大阪での三十年ぶりの父子の 再会は、父にとっては亡き妻、息子にとっては亡き母へのしょく罪の旅の始まりでもあった。 行き場のない孤 独を抱えるひとりの少女と向き合いながら、父子は自分たちの人生を生き直そうとする……。
 
ディーンフジオカ演じる進(しん)自身、パニック障害を持っていて、その原因が母親にあること更には その母親を見捨てた、父親にも原因があることを許せずに衝突するシーンもありました。   自分の過去に欠落した部分をたくさん抱える父親(寺尾聰)自身も進への後悔の気持ちと、それでも自分の生き方を貫く姿勢を崩さずに生きていくと覚悟する。
 
更にとても複雑な家庭環境を持つクロは、 自分の周りのものから、ずっとシャットダウンして、生きてきた女の子。 そのクロが、水無月進(ディーン・フジオカ)、海老沢淳(寺尾聰)に出会うことで、変化していくところが素敵でした。
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特集ドラマ「喧騒の街静かな海」の役作りで痩せたディーンさん

ファンの間では一時期ほっそりとしたディーンさんに心配の声が上がりましたが ご本人がツイートで

  とファンの方のツイートに答えていました。

ロケは2016年3月下旬に始まり 4月4日からラストシーンの三重県尾鷲市や大阪市内でロケもありました。 以下はクランクアップの時の尾鷲の様子です。

 

很高興能回到NHK參與新電視劇#喧騒の街静かな海 也非常榮幸能夠跟#寺尾聡 先生合作 我每天在現場感受到學習的充實 晚上收工之後就等不及隔天早上的開工時間 就是跟寺尾先生相處的時間太好玩太愉快,他是個很溫柔很親切的好前輩好老師,有時候甚至是可以互相分享自己喜歡音樂的好朋友! 這次的整個拍攝過程中我經歷了人生的一個#轉折點 親愛的寺尾先生,謝謝你! It’s been an honor and pleasure working with the #JapaneseLegend, #TheSamurai, the one&only Mr. #AkiraTerao in the latest #NHK #TVdrama #喧騒の街静かな海 (English title TBA) Had an unforgettable time during filming it in #Osaka and #Owase as I played his son in the story. Hate to say this but time’s up… and that’s a wrap! #nextlevel

Dean Fujioka 藤岡靛さん(@tfjok)が投稿した動画 –

 

特集ドラマ「喧騒の街静かな海」奥深いラストシーン

最後の港での進(ディーン・フジオカ)と父親の敦(寺尾聰)での語らいは非常に奥深い対話でした。 母のことを孤独で不幸のうちに死んだ人だと思っていた進。   しかし、それは母親のことをしらない自分の偏った見方だと気づき 「何にも伝えられてないんだな、あっちもこっちも」 といいます。 
母親は晩年、故郷の尾鷲で絵を書き、ヘルパーとして働いており 一部の患者さんからは、ヘルパーとしてではなく、一人の人としてとても頼りにされるほどだったのです。   その話を地元の喫茶店のマスターに聞いた進と敦は今までの「勘違い」に涙したのでした。   父・淳(寺尾聰)は 「お母さんが、私と進を引きあわせてくれたことに感謝している。そして彼女の一生と私達はバッドエンドじゃない」 といいました。   息子・進は 「家族ができないことをできてしまう『他人』ってすごいよね」 と言いました.
それは家族という近すぎるがゆえに見落とされてしまうものと 他人であることでよく見えるものがあること その2つに振り回されることしかできない人間の悲しみが見えました。
しかしそれは、ある関係を一時的に切り取った時にのみそう見えるものですが 父・敦(寺尾聰)が「私はバッドエンドじゃないと思っている」 と言ったように、自分の生をまっとうに生きることは、 美しく、かけがえのないもの なのではないでしょうか?

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