土屋太鳳 石井杏奈 佐久間由衣出演で絶対見るべきおすすめドラマ「チアダン」感想。全話号泣の 半ドキュメンタリー作

スポンサーリンク

悪く言えば「ただのスポ根ドラマ」かもしれません。

そして同時に、このドラマはSNSが行き渡ったことでしか実現できない新しいドラマ、映像作品の誕生とも言えます。

ドラマ「チアダン」は2018年7月から放送されたドラマですが、その年の1月からチアダンスのレッスンを開始し、公式インスタグラムやそれぞれの出演者の公式アカウントを見ることで、ドラマだけでは読み取れない出演者たちやスタッフ陣の思いも伝わってきます。

もはや女優やモデルたちの成長日記であり、あるスポーツチームが一つの目標に向かって自分たちの最大限の力を出すために団結する様を見ることができるドキュメンタリーSNSと言えるものでした。

ドラマ【チアダン】キャストあらすじ。広瀬すずが土屋太鳳で、中条あやみが石井杏奈?打倒ジェッツの新たなチアダンス物語。主題歌にも注目

スポンサーリンク

一貫して提出されるテーマは「やる前から否定的に考えるな!」

「こんなこと日常的にやってるよ」という人はそこまで感動を得られないと思うかもしれません。それでも日々チャレンジする人というのは美しいと感じます。

このドラマを見ていると「上を目指すことが清く美しい」ということが伝わってきます。そんな思いを抱いている人を見ているだけで、人間は力を受けるものだということがわかりました。

応援というのは本当に不思議な行為です。

例えばサッカーなどのチームを見ても、サポーターという存在がいて日々試合に駆けつけて応援しています。

「応援」という行為は特に直接的に何かをしていないにもかかわらず、選手たちは「力をもらった」と言います。これを見ると、声を出すだけで力を感じることができるのが、人間というもののようです。

そして、ドラマ「チアダン」では、チアリーディングという応援専門のチームを軸に物語が進行します。

「チアダンス」というのは、チアリーディングの中の「踊り」の部分に特化したものだと言います。そしてその競技の中にはものすごく細かいルールが存在しているそうで、基本ポーズと言われる「ハイV」「ローV」なども「腕はまっすぐ」や「拳を外に向ける」など、最も美しいとされるルールがあるようです。

チアダンスはスポーツでサポーターが行うような「声援」ではなく、声を発しないまま体を動かして踊ることで「応援」をするという、さらに謎の競技です。

ある意味「頑張れ」と言えば伝わる距離にいるにもかかわらず、チアダンスでは踊ることでそれを表現するのです。

こんな風に見るととても不思議なものに見えるかもしれません。言えばいいじゃん。と。「現実は小説より奇なり」という言葉があるように人間というのは実は不思議な存在です。

「霊」や「気」と言われると、カルトやスピリチュアルなどを「宗教臭い」と言って嫌厭することの多い日本人ですが、人が音楽に合わせて踊ることで見る人が感動をするということはまぎれも無い事実です。

主人公が一番最初に感動を感じたように「キラキラする」ことができます。

このキラキラすることも、とても不思議なことかもしれませんが、これらも全ては「エネルギーを感じる」からこそ人々はそう感じるということになります。というこは、踊る人からエネルギーが伝わるということです。それによって、自分は応援されていると感じ、応援する人の力が伝わってくる。

この現象を見るだけでも、実は人間は常日頃から「霊」や「気」とも言える目に見えないエネルギーを感じているということがわかりました。「空気読め」というのもまた、その「霊」や「気」を感じているということになります。

そしてチアダンスでよく言われる「チアスピリット」「明るく楽しく元気よく」や「どこまでも高く飛べ」という、際限のない「プラス」のエネルギーが全てが最も清く強い「霊」や「気」を表現するために必要なもののようです。

ドラマないで、土屋太鳳演じる主人公たちのチアダンスチーム「ROCKETS」が、劇中で最強チームとして描かれる「JETS」を初めて訪れたときに、両チームの「覇気」の違いを見るとわかりやすいように「キラキラ」している「JETS」には、その「霊」や「気」を常に高く、清く美しいエネルギーを発するための知恵がたくさんあったのです。

部員全員が能動的になるために「練習リーダー」を日替わりでやることや、常に生徒たちの自主性が最優先にされるということも、今の状況で何をするかを考えてやることが、人に言われてやるより楽しいということだからです。

もちろん、そもそも「踊ることが楽しい」と感じている人がやるからこそですから、踊ることが嫌いな人に「踊ることを自主的に考えろ」と言っても、やる気が出るものではありません。

スポンサーリンク

サンボマスターの楽曲が特別なものになるドラマの「力」

ともかく、このドラマでは、女優やモデルがその「最も清く美しいキラキラ」を体現するために、およそ8か月をかけて積み上げてきた「力」を見ることができるという、実に稀有な作品です。

この作品に一本通底するテーマは、劇中に3度登場するサンボマスターの楽曲「できっこないをやらなくちゃ」のタイトルそのままの言葉です。

このテーマは実践することが本当に難しいものです。人はふと気を抜くと、楽な方へ流されてしまいますし「どこまでも高く飛べ」というような、一番高い目標を常に心に抱いていないと、人間はすぐに目的地を失ってしまいます。

だからこそ、毎日毎日そのことを胸に抱き、互いに励ましあったり、自分で自分を励ましたり、ある人は、神様にそのことを願うものです。

体を洗わないと体から垢が出てくるように、自然に生きているだけで、楽な方に流れて行く人間の心をプラスに持って行くには、常に高い目標を見失わないことが重要なのだということがわかります。現実の「JETS」でも、劇中の「ROCKETS」でも行われていた「夢ノート」は、楽をしようとする人間の心を常に高く保つためには、とても効果的なものなのです。

そのような思いが心に根付けば、夢ノートは必要ないかもしれませんが「できっこないをやらなくちゃ」のスピリットが心に根付いた時、その人は、本当に清く美しい人と言えるのではないでしょうか。

そして何よりもこのドラマがすごい理由は、土屋太鳳演じるわかばたち「ROCKETS」が最後にたどり着いた結論が「ありがとう」を伝えるために踊ろう、というものだったことだと思います。

この「ありがとう」こそ、誰もが日常的に使いながらも、その意味が深すぎて、本当の意味で「ありがとう」を使うことができないもので本当の意味に気づけない不思議な言葉です。

ドラマでは、そもそも誰かを応援するために作られるチアダンスのチームが、最後には応援される存在となりました。そんな「ROCKETS」が応援される存在になったのは、紛れもなく応援してくれた人たちのおかげでした。

お互いに「ありがとう」と言い合うこの状況は、実に「愛」に溢れたものです。このドラマの特徴の一つとして悪者がほとんど出てこないということが挙げられますが、これは「愛」にあふれるところに「悪」が入りこむことは難しいという原理を見事に表現しているとも言えます。

お互いに心から「ありがとう」という関係は、愛がなければできないものです。それは、身近にいる人が応援してくれている、愛してもらっているということに気づいたということです。

大友花恋、土屋太鳳、石井杏奈、それぞれの困難と「愛」の効用

大友花恋演じる中華食堂の娘・妙子が、腰を悪くしてしまった父親の手伝いで、練習時間が取れなくなった時にチーム全員で乗り越えたことがありました。

暴力事件で訴えられ、無実を証明できないからチームから離れようとした石井杏奈演じる汐里を、わかばたちチームメイトは応援したかった。

怪我をして本番までに怪我が治るかわからないけど、なんとかしてわかばと踊りたかったチームメイトたち。

それぞれにトラブルに巻き込まれると、本人もチームメイトも、目の前のことでしか判断できなくなってしまうものですが、応援するということ、チームで同じ目標に向かっているというのは、どんな時も「目標を達成するためにどうすればいいか」を考えるということです。

怪我をして治るかわからないけれど、必ず治ると信じて同じ目標に向かう。これは現実ではあり得ないようなドラマだけのものだと思われがちですが、先ほども言ったように「現実は小説より奇なり」ということがあるもので、どんなに困難なときでも、心から願うことで「人間の想像を超えた方法で」問題を解決しているということがあります。

そして、これらの奇跡がなければ「ROCKETS」は全国大会に出場できなかったことになります。

顧問の太郎先生が最後にチームに伝えたように、彼女たち自体が「奇跡」でした。それは「目標が達成できないはずがないと信じてどんな困難も乗り越えてきたから、神様が共にして奇跡を起こしてきた」としか説明できない不思議なものです。そして、それは現実でも起こることです。

そして、この神様が起こしてくれたことに対して「ROCKETS」のメンバーと「ROCKETS」を応援して支えてきた人たちは「ありがとう」と言っていたのだと思うと、全てのことが心地よく思い、このドラマが本当に素晴らしことだと感じられました。

何かをしてくれたことだけに「ありがとう」というよりは、目に見えなくても、応援してくれていることに気づくことが尊い行いであるし、わかばも汐里も妙子も、本当はみんなから「愛されている」ということに気づいたからこそ、力をもらって、自分も「愛」をチームに、そして応援してくれた人に与えたいと思ったはずです。

このように「ありがとう」というのは、常日頃から「愛されている」ことに気づいた時に出てくる言葉です。「ありがとう」という言葉は、常日頃当たり前に行われている「なんでもないこと」が、本当はすごいことだったという時に出てくるものです。

人が人を育てるのは、誰もがやっている当たり前のことですが「無条件の愛」がなければ成り立たないものですし、スマホが誰の手にも行き渡るようになったのは、それがあったほうが良いという「無条件の愛」が、人間たちを突き動かしてきたからです。

ゴミ箱にゴミを捨てれば、当たり前のようにそれはごみ収集所に集められ、焼却されます。毎日家族のためにご飯を作ってくれるお母さんも、その食材を買うためのお金を稼いでくれるお父さんも、外食して美味しい食事が食べれられるのも「ありがとう」なのです。

ドラマ「チアダン」にはこのような「愛」が溢れていました。少なくとも、他のどの作品よりもそのパワーが手に取るように、目に見えるように感じることができる作品でした。

それは涙が流れた量とは関係ないもので、俳優陣の想いを感じることができた作品でした。

だからこそ、常に高い目標を持ちたいという人は、この作品を見て力を得ることができるはずです。

またこのドラマで何度も感じたもう一つの不思議は「演技に上手いも下手もない」ということでした。普段は歌手として活動している演者やこのドラマで初めて演技をするというキャストもいる作品でしたが、部活のような雰囲気だったという現場の空気が画面からも感じられ、誰もが役に完全に入り込み、素がそのまま役になっているように見えていました。

もちろん、俳優さんたちはそれぞれに役に対して解釈を持って演じ分けていたはずですが、これだけ演技の新人の多い作品ながら「この人下手だな」という部分が一つもなかったのは、このドラマの不思議な側面でした。

変に「演じよう」とする意図が感じられなかったことからなのかもしれませんが、普段は上手いと感じる清水尋也や土屋太鳳の演技が「演技しているな」と感じてしまうほどでした。

これは経験が邪魔をするということを想起させる出来事でもありました。

そして何よりも最後に発見してスッキリしたことといえば、このドラマの主題歌でサンボマスターが書き下ろした楽曲「輝き出して走ってく」が、オダギリジョー演じる「ROCKETS」の顧問・漆戸太郎の視点で歌われていたということでした。

太郎先生にとっては、彼女たち「ROCKETS」自体が「奇跡」である。

太郎先生の視点で初めから見直したいくらいの大きな伏線回収に、感動と驚きを最後の最後に感じることができる2018年夏ドラマの傑作であり、俳優陣やドラマ制作スタッフ全てが「出演者」という誰もが見たことのない「ドキュメンタリー番組」と言える作品がドラマ「チア☆ダン」です。

こちらの記事もおすすめです。

ドラマ【チアダン】サクッとネタバレ。ダンスシーン劇中曲とともに最終話まで「時短」で振り返る。

ドラマ【チアダン】第3、7話のロケ地所沢 ミューズ 。大会優勝&土屋太鳳や佐久間由衣をオダギリジョーが叱咤した感動シーン

ドラマ【チアダン】最終話までネタバレ。「できっこない」を乗り越える力の源とは?

スポンサーリンク

当サイトのフォローはこちら

スポンサーリンク

コメントをどうぞ

メールアドレスが公開されることはありません。

日本語が含まれない投稿はお断りしています。(スパム対策)