生前退位生きてても年号は変わる?江戸〜明治時代以降を元に解説!

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結論から言いますと

生前退位して、新しい天皇が誕生(皇位の継承)した時点で、

同時に年号も変わることになります。

これまでは、崩御と年号変更が同時だったため、

「天皇が崩御しないと年号は変わらない」

とおぼえていた方も多いと思おいますが、

1979年(昭和54年)に制定された元号法では、

「元号は皇位の継承があった場合に限り改める」

と定めらています。

出典:http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/

とあるため、生前退位の場合、「皇位の継承」が発生するため

元号の変更も行われます。

ちなみにそれ以前の元号は、天皇の交代と一致していませんでした。

例えば

1817年に仁孝天皇へと生前退位を行った光格天皇は

その在位中に、

安永、天明、寛政、享和、文化と4つの年号をまたいで

在位についていました。

寛永〜年などの元号と江戸時代、平安時代と呼ばれる〜時代という呼び方は

後付の場合が多く、必ずしも当時の年号と一致するものではないのです。

例えば、明治時代の場合

明治政府樹立の年は慶應年間3年10月の「大政奉還」が

始まりとされ、それが同時に、明治時代とも言えるのです。

しかし正式に元号が変わったのが、慶應4年の1月1日とされていますから、

その2ヶ月間はまだ、江戸時代なのです。

しかし、こと明治維新については、「大政奉還」ですべてが解決して

明治時代が始まったのではなく、以下のように数々の出来事を経て

ようやくひとつの時代が始まるのですね。

1867年10月 大政奉還
1867年12月 王政復古の大号令
1868年1月~69年5月 戊辰戦争
1868年3月 五箇条の誓文
1868年4月 江戸城無血開城
1868年閏4月 政体書
1868年9月 一世一元の制(明治改元)
1869年6月 版籍奉還
1871年5月 新貨条例
1871年7月 廃藩置県
1871年10月~73年9月 岩倉遣外使節団
1872年8月 学制
1872年12月3日 新暦切り替え=1873年1月1日
1873年1月 徴兵令
1873年6月 地租改正条例
1873年10月 征韓論派の下野
1874年1月 民撰議院設立の建白書
1875年4月 立憲政体樹立の詔
1876年4月 廃刀令
1876年8月 秩禄処分
1877年2月~9月 西南戦争

出典:http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/

このように、現代では年号と天皇の交代はひとつながりとなっています。

今後どのような年号が発表されるのでしょうか?

時の長官、菅官房長官に注目が集まりますね!

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